SAF1ファン、いやF1界にとってとても残念な現実が訪れてしまった。資金難ばかりが報道されがちであったSAF1だが、この2年半の活動は十分に胸の張れるものがある。そのF1への純粋なスピリットで、世界のF1ファンの心を揺るがしたことは、疑いのないところだ。
宝石のような瞬間を与えてくれたSAF1
5月9日。イスタンブール・パークで20台のマシンが走り始めた金曜日、スーパーアグリのメンバーはリフィールドのファクトリーを後にした。2年半の短い期間に散りばめられたたくさんの思い出と、それぞれの悔しさ、落胆、淋しさを胸に押し込めて。
パドックにいる私たちのもとに「これが最後のメールになります」と、広報のエマからメールが届く。
「アドレス帳から、スーパーアグリのアドレスを削除してください」と------。
ひとつクリックすれば済むことなのに、私たちは、もう使うことのないアドレスを削除できないでいる。例年より3ヵ月早い開催のトルコGP。パドックの空気がひどく冷たいのは、曇り空と気温のせいだけではない。
鈴木亜久里がチームの撤退を発表したのは5月6日。内容はすでに多くの報道で伝えられているとおりだが、会見に出席した多くの人が「あんな亜久里さんは初めて見た」と言った。自ら決めた挑戦に、後悔はない。自らの感情を、いつもプラス方向に表現するのが亜久里である。それでも、佐藤琢磨のことに触れた時には言葉を詰まらせた。
「本当に、たったの一度も文句を口にせず、琢磨はいつも頑張ってくれた。『亜久里さん、頑張りましょうね』って・・・」
この2年半の間、スーパーアグリF1チームは何度も、宝石のような瞬間を与えてくれた。受け取ったのは、日本のファンだけではない。モータースポーツを愛する人なら、みんなSAF1が大好きだった。そしてチームも、そんなファンのことが大好きだった。
二度と、SAF1のようなチームには会えない
物理的になら、撤退の理由は説明できる。誰の目にも明らかな難関がふたつ、立ちはだかったためだ。ひとつは資金不足、もうひとつはカスタマーカー問題。
小さなF1チームは常に資金不足に悩まされる。孤軍奮闘、イタリアでプライベートチームを率いたジャンカルロ・ミナルディは、フェラーリに一点集中するイタリアのサポートをある時、こんなふうに表現した。
「フェラーリという大きな存在の陰にいると、空気は凍えるほど冷たい」
フェラーリのCEOが決してミナルディを攻撃しなかったことを考えると、SAF1の場合は少し違うかもしれないが------。
F1 界の気まぐれな政治も、亜久里が描いた青写真を引き裂いてしまった。2008年以降は公に認められる予定であったカスタマーカーの使用が、2010年、場合によっては2009年から再び禁止される。巨大な資本が投下されないかぎり、もともと描いた道の先にチームの将来はない。
そんな荒波の中で鈴木亜久里が目指したのは、自らの誇りやチームの名前や国籍よりも「信じて集まってくれた人たち」を大切にすることだった。
「自分のことだけを考えたら、潰しちゃってもいいんだよ。だけど、みんな俺のことを信じて集まって、今日まで頑張ってくれたわけじゃない? そう考えると、俺がまず考えるべきは、チームのみんながきちんと仕事を続けられることじゃない?」
07 年後半以来、多くの“ポテンシャルパートナー”と交渉した末、ホンダの薦めにしたがってその相手をマグマ・グループ1本に絞った時、亜久里自身はすでにチームが自らのものでなくなることを知っていた。その、ホンダお墨付きのマグマが、突然、退いてしまった。一度は再開した話し合いも、4月24日、スペインGPの木曜日に終止符が打たれた。努めて明るくジャーナリストたちの取材に応えたのは、その連絡を受けた直後だったと後に彼は言った。
資金難と、カスタマーカー問題。わかってはいても、納得できないというのがSAF1を応援してきた人たちの正直な気持ちである。これは、理詰めの話ではないのだ。もともと、存在すること自体“あり得ない”と言われた、現代の御伽噺を言われたチームが本当に存在し、メーカー顔負けの活躍まで見せてくれたのだから。みんなが探していた瞬間を“これだよ!”と示してくれたのだから。
「欲しいものが手に入らないのは、大きな問題じゃないんです。お金を貯めていつか手に入れればいいし、そうじゃないなら自分で作ればいいんだから。だけど、お金で買えないものがあるじゃない? ハートだったりね。このチームには、それがあるんです」
後ろが“グニャグニャする”マシンで、パワーアシストの利かないステアリングを握り、両手に何重もの“マメ”を作りながら琢磨が話していたのは、06年のこと。
「これだけ組織化されオーガナイズされたF1でも、人間の力でどこまでやれるか。僕らは、それを見せたいんです」と言ったのは、チームに初めてのポイントをもたらした07年------。
F1 チームとして生き残り成長していくため、スーパーアグリには資金も設備も足りなかったかもしれない。しかし、潤沢な資金や設備を手にしたメーカーチームに欠けているスピリット、お金で買えない、上層部が号令をかけても生まれないレーシング精神が、SAF1チームには備わっていた。
ひとりひとりの心と身体の中から自然に発散されるエネルギーを、たったひとつの方向に結集する-----そんなスピリットを持ったチームは、作ろうとしても作れない。私たちはきっと、もう二度と、スーパーアグリのようなチームには出会えない。
負けたのは、スーパーアグリではない。F1が、スーパーアグリを失ったのだ。
今宮さんの文章がオイラの気持ちの代弁をしてくれてます。
SAF1には今のF1に欠けていた総てが揃っていたよね!
と思ったら、迷わず「ぽちっ!」ちゃって下さい!
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